Monday, January 22, 2007

桃源境

晉の太元(孝武帝、376?396)のころ??。

武陵(湖南省常徳府)に一人の漁師がいた。漁師は或る日、いつものように小舟を操り、魚を求めて山峡の川に上っていった。どれほど舟を進めたことだろう、ずいぶん遠く、見覚えのない所へ出た。と、そこらあたり一面に桃花の林が広がっていた。その広さはどうやら数百歩ほどもあろうか。だがその中には一本も雑樹は見当らず、桃の木ばかりが得も言えぬ甘美な香りを漂わせ、美しい花片が華やかに舞っていた。  見事な景観に、漁師はしばらく見惚れていたが、やがてその林のもっと先をつきとめてみたくなった。どんどん進んで行くと水源のあたりで山につきあたった。その山には小さなトンネルが口を開き、ボンヤリと明るいので、漁師は舟を下りてその口からさらに中に入っていった。始めはやっと一人の人間が通れるほどの広さが、五・六十歩も歩くうちに俄にパッと四囲が明るく開けた。  眩しい眼を見開いて眺めると、土地は広々と広がり、住居がきちんと建ち並び、遠近に地味豊かな田畑があり、桑や、竹も育っている。田の中の路も縦横に通じ、鶏や犬の鳴き声も聞えるし、畑仕事の人々や往来する男女は皆異国人のような装いをし、黄髪の老人も子供たちも皆にこやかに楽しそうであった。  ボンヤリとつっ立っている漁師に気づいた人々は、見慣れぬ男に驚いて、どこからやって来たのかと訊ねた。漁師がありのままをつぶさに答えると、さっそく彼を一軒の家に案内し、酒をつけ、鶏をつぶして馳走をつくり、大いに歓待するふうであった。やがて漁師のことを伝え聞いた村中の人々は、皆集まってきて交々彼に訊ねるのであった。そしてその人々の言うのには、  「私どもの祖先が、  妻子ともども村の者たちと秦の世の戦乱をのがれて、  この絶境に来て以来、  一度もここを出ませんので、  とうとう他所の人々と全く関りあいがなくなってしまいました。  ところで、  今は一体どういう時世なのですか?」  と、漢のことも知らなければ、もちろん、魏・晉のことも知らない。漁師が詳しく説明すると、皆感に堪えたように聞いている。こんなことで、漁師は家から家へと連れて行かれ、酒食を振舞われては人々に話をするので、四・五日もいてしまった。やっとその村に別れをつげて、もとの舟を繋いだ所に出、川沿いに帰路についた。帰り際に、『私どものことは言うほどのこともありませんから、他所さまにはお話にならないで下さい。』と言われたものの、途中所々に目印しを残しておいた。  さて家へ辿り着いた漁師は、さっそく郡の太守のもとへ行き、自分の珍しい体験談を話した。太守も大いに興を覚え、人を差しむけて再びそこへ案内させた。しかし、帰途につけた目印はいくら探しても見当たらず、前に行った路を見出すことはできなかった。  たまたま南陽に劉子驥という君子がおり、この話を伝え聞き、欣然としてその仙境へ行こうとしたが、その志を果たさぬうちに病で世を去った。のち再び赴こうとする者はなかったということである。     (陶淵明「桃花源記」)  この話から、「武陵桃源」「桃源境」は仙境の意に使われ、転じて理想郷の意となる。 「中国故事物語」